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12月26日

“じゃあ、また”
彼との最後の会話。
とにかく楽しかった、マリンクラブフリッパーズ。

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柏島

曇ってるけど、水中はまあまあキレイやった。

宴の後


美味しかった。
夏休み先取り!

BBQ


楽しい、美味しい

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曇りやけど…


ダイビング日和
いい感じ!!

悲 劇


September 21 ’02 Ushiro-hama
後浜に係留された、2杯のフリッパーズ号
この日はゲストが一杯でしたので、お店から陸撮です
仕事を終えて、帰路の途中、
路側帯に車を止めて自販機の缶コーヒーを買った時のことです。
ダイドーの販売機の前でしばし考え、デミタスコーヒーに決めました。
財布の中の硬貨は百円と十円玉1個ずつしかなかったので、千円札を投入しました。
でっ、お目当てのボタンを押し、当然のごとくに残額表示が880円となりました。
ただ、おつりの返却レバーを下げてからが変でした。
830、780、730・・・
と50円ずつ硬貨が戻ってきます。
(ん・・・?)
それから、530円までは五十円玉でに戻ってきてるようでした。
悲劇は、ここからはじまりました・・・
520、510、500、490、480・・・
(え゛~・・・?)
と、残り全てが十円玉で戻ってきてるのです。
おつりの返却口から、ガッチャン、ガッチャンと派手な音が永遠と続きました。
僕はただ立ちつくすのみで、その光景を見守ってました。
(もしラスベガスのスロットマシンで大当たりしたら
きっとこんな感じなんだろうなぁ・・・)
そんな、あり得ないことを考えながら、おつりが全て戻ってくるのを待ってました。
ようやくガッチャン音も静まり、辺りは国道を走る車の音が聞こえるのみです。
僕は返却口に指を近づけて、愕然となりました。
アクリルの蓋は、約60枚の硬貨がいっぱいで開きません。
(うそっ!)
少しの隙間から何とか一枚の十円玉を取り出しました。
また時間をかけて一枚、また一枚。
悪戦苦闘の末、何とかおつりは全て回収しましたが、自販機の釣り銭泥棒を
してるようで何とも嫌な気分になりました。
よく見ると、そのダイドーの自販機には「釣り銭なし100円」の表示が煌々と輝いてました。
おかげて僕の懐は、丸々と大きく、目方もずいぶん重くなりました。
陽春 竹田

後 悔


September 21 ’02 Kashiwa-jima
翌日に開業以来の最高来客数をひかえ、ひっそりとタンクチャージを待つ
周りはすっかり春めいてきました。
花こそ咲いていませんが、空気の匂いには春があふれてます。
この頃の季節は、気分が高揚する年と気が重く感じられる、二つの年があります。
今年は残念ながら後者です。
この地に降り立ってもう2年と半年が経とうとしています。
この間は相変わらず忙しい月日が流れました。
仕事の合間に柏島に通い、ダイビングに明け暮れる毎日でした。
何とか、日々の生活にも職場にも慣れて、さてこれからというときに、
転勤が決まり、引っ越しを余儀なくされた事は非常に残念です。
この事が、僕の気持ちを重くしてる原因の一つです。
住めば都、住んでみて始めてわかるその土地の良さがあります。
食べるものもその一つで、この街には「焼き豚玉子飯」という食べ物があります。
この地の郷土料理と呼ぶには少々乱暴ですが、この地独特の料理のようです。
熱々ご飯の上に焼き豚と目玉焼きがのっており、ちょっと甘めのタレがかかった丼の様なものです。
赴任当初、後輩に連れられて、とある中華料理店で夕食をしたときの話です。
始めて見た「焼き豚玉子飯」は、その強烈な見た目に閉口してしまいました。
今思うとそれを食べる後輩の様子がいけなかったのかもしれません。
後輩は、よほどお腹がすいていたのか、永谷園のお茶漬けのTVCMよろしく、
ガツガツと一気にたいらげてしまいましたから、なんと品のない丼だろうと、
純粋に感じました。
それ以来「焼き豚玉子飯」は僕にとって、封印された食べ物になっていたのです。
引っ越しが決まりこの地を去ることを意識し始めると、今まで見えなかったものが、
目に飛び込んでくるようになります。
なんでもない路地から新しい抜け道を発見したり、気軽に入れるクリーニング店を見つけたり、
封印されていた「焼き豚玉子飯」もその一つでした。
先日、件の中華料理店で、別の後輩達と食事をする機会がありました。
(焼き豚玉子飯、ここに住んでて、一回も食べたことがないのも淋しいな)
(この地で暮らした証に、ひとつたのんでみるか・・・)
こんな、何気ない気持ちで、その丼(?)を注文しました。
半熟の目玉焼き部分を箸でわり、トロトロの黄身が焼き豚の上にとろけ出てきます。
タレのかかったご飯と、黄身がとろけた焼き豚を一気に口に運びました。
柔らかな焼き豚の歯触りと、得もいえぬほのかな甘さと、ご飯の旨さが織りなす妙は、
(・・・うまいっ!!!)
の一言でした。
決してお上品な食べ物ではありませんが、単純明快な旨さがあります。
僕は、更に餃子も頼んでましたが、絶妙なバランスでした。
2年と半年、この旨さを知らずに過ごしたことを思うと、何とももったいない事をしたと
今更ながら、思います。
単なる食わず嫌いだったわけで、後悔先に立たずとはよく言ったものです。
昨年の春、花の写真を取り損ねた際に、来年撮ればいいと思ってましたが、
今年が、最後のチャンスになりそうです。
今春こそは、糸山公園から、しまなみ海道「来島海峡大橋」につづく遊歩道に寄りかかる、
桜のひと枝を、写真に収めなくてはと思っています。
ここは造船とタオルの街、愛媛県今治市です。
浅春 竹田

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秋 意


May 26 ’02 Flippers
300本記念に際し、撮影したフリッパーズの新しいトラック
21:30、職場の同僚から僕のケータイにメールが入ってきました。
「ローソンの横に行かん?」
というものでした。
近くの屋台なのですが、コンビニの横にあるので僕たちはこう呼んでます。
その屋台は車通りも多い旧国道のすぐそばの広場にあり、
長さ15mの蒲鉾型のテントも設営され、テントには4人掛けのテーブルが4つあります。
外にもテーブルが1つあります。
屋外でも少しだけ、しのぎやすくなったこの時期は、手軽さと喧騒感が結構いい感じです。
(真夏はちょっと暑い、真冬はちょっと寒い)
22時過ぎから24時まで、久しぶりにおでんと瓶ビールで差しつ差されつなひとときを過ごしました。
ひとしきり話して呑んで、、、歩いて家に帰って、、、ふと気がつきました。
僕のポロシャツとジーンズからは蚊取り線香のニオイがするんです。
(そういえば屋台のテーブルの下には、それぞれに渦巻きがあったなあ)
僕にとってこのニオイは、夏場のフリッパーズのニオイなんですね。
(夏場のフリッパーズのテーブルの下にも、渦巻きがこの心地よい臭いの煙をゆらゆらとさせてます)
忙しい現実の合間、車の往来の音の間隙に、
コオロギやスズムシやクツワムシの鳴き声を聞きながら、
少々ぬるんだグラスのビールを飲み干した時に、
まだ蒸し暑い秋を感じながら、
楽しかった夏の柏島の思い出がよみがえりました。
夏の間は、蚊取り線香の香りは別になんとも思いませんが、
初秋の今、この香りは、もの悲しいものです。
せっかく買ったけど、この夏は結局着ることのなかったTシャツの様に、
季節に取り残された寂しさがあります。
もう9月なんですね。
生活に追われながら、慌ただしく過ぎた夏はもう昔、新たな季節の始まり、秋の柏島が呼んでます。
秋意 竹田

迷走


Mayr 25 ’02 Minkashita
浮上直前の表層に漂うミズクラゲ
去る8月17日の2.5号ブイ、久しぶりに水中で迷いました。
初めて皆様とはぐれて、水中で迷ったのは平成12年7月9日後浜4.5号ブイでのこと。
潜水経験67回目の時で、今から2年ほど前の事です。
かなり焦りました。パニックにこそなりませんでしたが、正直もうダメだとも思いました。
後で冷静に考えれば、何がダメなのかよく分かりません(笑)
周りは背の高いガイジンさん達であふれてます。
通りの向こうにある劇場に沢山貼られたミュージカルのポスターをボンヤリ眺めながら、
人生の中で最も情けない表情をした顔の僕が呆然としています。
学生時代の締めくくりに、友人(男性)とロンドンに気ままな二人旅に出ました。
3日目の夜、某所ではじけた帰りのこと、あまりの混雑のために、友人とはぐれてしまい
そのお店の外に出たものの、友人の姿はなく、まさに路頭に迷ってた時のことです。
その繁華街は、僕たち日本人の事など気にとめる奴なといるわけもなく、僕はホントに困ってました。
(ここはどこ?)
(私は誰?)
そんなことを考えながら、通りをポツポツと数ブロック進んだところで、
何かに呼び寄せられるように、無意識に角を左に曲がりました。
更に左に曲がったところで、おそらく彼の人生の中で最も情けない表情を浮かべた友人を発見しました。
すぐに彼も僕に気付き、僕たちは安堵の表情に変わりました。
今までの人生の中で、最も不安になった事件が、このロンドンでの出来事なのですが、
冒頭でのはぐれた際に、このロンドンの出来事が突然頭をよぎりました。
いつもは遠巻きに僕たちを見てるサカナ達が、あのソーホーのガイジンさん達のように見えました。
極東のアジア人には全く目もくれない彼らのように、水中では何もできない木偶の坊を見るような一瞥をくれて、僕のすぐ横を通り過ぎるサカナ達。
この上ない疎外感を感じました。
ただ、
(浮上すればすべての不安は解決する)
この結論に達するまでは、それほど時間はかかりませんでしたが・・・。
後浜は、ある程度理解してるつもりでしたが、久しぶりに迷ってしまいました。
この時は、焦りなどは全くなく、この上なく冷静でした。
今後も、どちらにするか選択に迷ったとき、どこに進むべきか道に迷ったとき、はたまた人生そのものに迷ったとき、とにかく浮上すれば、迷いは解決するんだって、余裕の笑みで対処したいですね。
残暑 竹田

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我 慢


264回目、後浜2.5号ブイから島寄りの浅場にいた、ウミシダ
平成14年 3月 竹田

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名案内


柏島、後浜より帰港の途
December 23 ’01
どうもありがとうございました
それから、お世話になりました
それじゃあ、いつか、また・・・
平成14年1月31日 竹田

感 謝


柏島、赤灯台を望む
もう少しで12月23日がやって来ます。
僕が初めてファンダイビングを行った日が、平成11年12月23日でした。
僕のダイビングは12月23日から始まり、翌年の12月22日で終わります。
今年もなんとか、1年を終えることが出来ました。
「なんとか」と、歯切れの悪いのは、5月におそらくベンズであろうと思われる肩の痛みを経験し、
左肩が上がらなくなったことや、8月の一切にて表層の強い潮流に流されて、
アンカー元に集合できず、皆さんにご迷惑をかけたことがあったこと、
年間通じて迷子になることが度々あり、独りぼっちになることがあったからです。
上がらなかった肩は、今は元に戻ってますが、ベンズを経験してからは、
安全な潜水と、日頃の健康管理に、気を付けるようになりました。何事も経験です。
まあ、色々ありましたが、今年は120回、柏島の海に潜ることが出来ました。
昨年に比べると回数こそ減ったものの、その内容は密度の濃いものとなったと思っています。
写真を始めたことにより、ダイビングスタイルが変わったこともありますが、
やはり、沢山の方々とお知り合いになれたことが、一番大きいですね。
それも、これも、僕にダイビングを教えて下さった、
今はマリンドリームのオーナーであり懇切丁寧なガイドの福留貴浩氏 をはじめとして、
フリッパーズの真のガイドの矢野雄二氏、同じく名ガイドの吉松浩司氏、
同じく昼食等のお世話をして下さる矢野典子氏、 水中写真の師匠の久保賀稔氏、
それから、香川の川畑さん、 滋賀の大石さん、
フリッパーズにお集まりの全てのゲストの皆様のお陰です。
心より、感謝しております。
さて、来年度も継続して、柏島で潜ります。
皆様には、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、
まだまだ、初心者の僕を温かく見守ってあげて下さい。
平成13年 北風 竹田

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決 断


平成13年10月14日、後浜3.5号ブイに咲いていた Christmas Tree Worm
柔らかな電子音で、目覚めた早朝。
柏島へ向かう前の、いつもの高揚感はなく、頭が急に重く、体の重心が突如、頭頂部に移動したかのような
フラフラする感覚に不安を覚えました。
体調不良によりダイビングを休むことを余儀なくされた、12月1日(土)でした。
前日から、おかしいとは思っていましたが、やはり風邪を引いていたようです。
月曜日から始まる数々のイベントの事を考えた僕は、行くと決めたダイビングを、
初めて休む決断をしました。
意識もうろうの中、矢野さんに行けなくなった旨を伝える電話をしたのですが、
何故か病欠する事を職場に伝える時のような罪悪感に満たされて変な気持ちで受話器を置きました。
それから、僕は実家の布団の中に吸い込まれていきました。
それにしても、信じられないくらい寝ました。
そのお陰か、風邪は治りつつあるのですが、長時間寝過ぎた副作用の腰痛が僕を困らせています(笑)。
さて、今年のクリスマスイブは月曜日ですけど、お休みですね。
休みが取れれば僕は柏島で潜ってるんでしょうね。
いつもHP「群青」を見て頂いている皆様に、写真は「Christmas tree worm」です。
一足早いクリスマス、夜の静寂を感じて頂けたら幸いです。
因みに和名はご存じ「イバラカンザシ」なんですけどね。
平成13年 12月 竹田

思 惑


平成13年9月23日、231回目のダイビングを終えたフリッパーズの洗い場にて
ゆっくり、ゆっくりと、浮上の為の手続きを一つ一つこなして、フリッパー号のタラップを上がります。
この浮上のための手続きも、数あるダイビングのお約束の一つで、 自分の身体を守るための重要なおまじないですよね。
そんなこんなで、3本目を終えた後は、更にお約束が待ってます。
一般に、器材の洗浄とかと呼ばれている手続きです。
(このお約束は、省く人もいらっしゃるようですが・・・)
春は、凍てつく水に、指先を縮め、
夏は、全身、藪蚊の餌食となり、
秋は、過ぎ去りし夏を憂い心を傷め、
冬は、その北西風の厳しさに頬を曝す。
ダイビングは大好きなのですが、唯一この最後のお約束だけは、好きになれません。
先日、BCを干しながら、こんな事を考えました。
おそらく、100人のダイバーがいて器材の洗浄が楽しくてたまらんダイバーは、
0.001人やと予想できる。
どちらでもない人は、1人として、残りの98.999人は嫌い、若しくは大嫌い。
器材洗浄は、嫌やけど、洗った方がええとはみんな考えてるはずや。
器材洗浄代行サービスとかあれば、僕は絶対利用する。
そしたら、ダイビングを終えた後、ゆっくりビールを楽しめる。
ついでに、器材の保管サービスもオプションで用意されてれば、僕は絶対、利用する。
重い器材を毎回運ばんでええし、遠くから定期的に来る人達にとっては、 頼もしい限りやんか?
洗ってくれて、管理もしてくれるんやから、こんなええ話はない。
98.999人のうち、80人は利用するやろうから、サービスの水道料金の節約や、
洗い場に対する設備投資の軽減にも貢献でき、サービスのオーナーさん達もニコニコやろう。
ひょっとして、ニュービジネスとして成り立つんとちゃうか?
柏島の各ダイビングサービスとタイアップして島に集うダイバーに快適なダイビングを
楽しんで貰うために、「器材洗浄サービス じゃばば柏島」 を興してみたらどうやろう。
もし僕が今の職場をポイされたら、この「じゃばば柏島」 でなんとか食べていけるやろか・・・。
帰港の途につく後浜沖合の風も波も、冬の厳しさを徐々に覗かせています。
11月ともなると、来るべき冬の準備を整えつつある、柏島です。
平成13年 晩秋 竹田

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責 任


平成13年8月25日、219回目のダイビングのエキジット直前、表層付近
平成13年9月26日、1頭の犬を捕獲した。
職場の建物建替え工事の建築現場に、1ヶ月位前から住み着いていた迷い犬で、 茶色のシベリアンハスキーの♀だ。
彼女は工事現場のオッちゃん達や、僕の職場の職員からもたいそう 可愛がられていた。
ところが、イヌが敷地内に居着いて、万が一の事があってはならないから、
捕獲後、処分するように・・・との指示が出た。
首輪をしていて、全然吠えなくて、つぶらな瞳で、人なつっこかったので、
誰かに飼われてたのだと思う。
あんなにおとなしくて、よく馴れた犬が、飼い主から逃げ出すとは考えづらいので、 何らかの理由で捨てられたのだろう。
僕の上司が連絡をしており、
前日の25日、市役所の担当課の職員が、野犬の捕獲檻を設置していった。
人に慣れて、素直な彼女は、何の疑いもなく僕の職場の職員の誘導に従って、
その檻に入ってしまった。
檻に鍵をかけるのは僕の役割だった。
南京錠を2ヶ所にはめたのだが、そんな僕にもしっぽを振って愛嬌を振りまいている。
その後、市役所に電話を入れるのも僕の役割となった。
そして、彼女はトラックにも素直に乗って、行ってしまった。
フリッパーズのマスコットのティナは、♀のゴールデンレトリーバーですが、
こんな大きな犬に近寄れるようになったのもダイビングのおかけでした。
基本的に、犬とか猫とかはあまり得意ではありません。
でも、何度も会ってるうちにティナだけは大丈夫になりました
別の犬はまだまだ、ですが、
そのシベリアンハスキーはなぜだか最初から、座って頭を撫でることができたのに・・・。
茶色のシベリアンハスキーは捕獲後、1週間経った今日、処分された。
僕は今、ヒトの計り知れないエゴに反吐が出る思いだ。
平成13年 秋冷 竹田

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再 会


平成13年8月7日、216回目のダイビングを無事に終えた、帰りの船上
年間を通じて、柏島に通ってると、色々な方と顔見知りになります。
ゲストの皆様 もそうなんですが、将来を夢見る学生さんもそうです。
いわゆる現地サービスで、実習をされている方のことですです。
ゲストの誘導とか、ボートに関する様々なこと、水中でのサポートのこと、 更にダイビング終了後の接客のこと、その他僕にはわからない色々なことを 学ばれてるんだと思います。
そうやって、一つ一つ経験を積んで、彼らは世の中のに出ていく 準備をしているんですね。
写真のナイスガイは、実習生のシュン君です。
昨年夏と、今年の夏の2回、フリッパーズで実習をされました。
「去年初めて、あの山道をバスに乗ってここ(柏島)に来るときは、本当に不安でした」
とは、笑いながら昨年の事をふり返って僕に話す彼の言葉です。
今、僕の職場は、建物の建て替え工事を行っています。
事務所の窓から、木造の棟の解体の様子をぼんやり眺めてたんですが、 ユンボのベテランオペレータ氏は繊細なレバーさばきで、 次々と瓦礫となった棟をダンプカーに運んでいます。
次に若いオペレータ氏に交替するのですが、彼の操作はまだまだぎこちなく、 見ていて微笑ましいのでした。
太い梁を半分に折ってダンプに積みたいのですが彼の技術ではなかなか折れません。
外から、ベテラン氏が、色々アドバイスをしているのですが、思い通りにならないようです。
やがて現場のみんなが彼のオペレーションを見守るようになり、 5分程度の格闘の結果、その梁は、1/3と、2/3の位置で折る事が出来ました。
一見粗野な工事現場ですが、実際はみんな温かい人たちばかりでした。
フリッパーズもそうですね。
実習中のシュン君に対して、皆さん優しく接されてました。
ダイビング前に、炭酸飲料は呑まない方がいいことをアドバイスしたり・・・。
彼と一緒に潜るのはこの日が取り敢えず最後です。
僕は、またいつか、どこかの海での再会を約束して、柏島を後にしました。
平成13年 新涼 竹田

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残 暑


198回目、後浜1号ブイのケイソン近くにいた、イバラカンザシ
※写真と文は特に関係ありません
平成13年 残暑厳しい8月 竹田

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浮 桟 橋


194回目のダイビングのために、フリッパー号を待つ
平成13年 盛夏 竹田

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群 青

そろそろ、私がこのページを「群青」とした理由を、明かしてみましょうか・・・。
-20mを保ちながら、しばらく進みました。
周りは青一色で、前方に白いフィンが一つ見えるだけです。
眼前には、多少の浮遊物が見えるのみで、その他は何もありません。
まさに海の中に、我々のみの時間が続きました。
と、前を進む白いフィンは深度を落としていきます。
僕は指示通り現在の深度を維持しながら、待機しています。
やがて、白いフィンは、海の底に吸い込まれていきました。
間もなく、下から、点滅するライトの光が見えました。
僕も、そのライトを目印にヘッドファーストで、潜行を開始します。
漆黒の闇の中を小さな光を目指して降りていきます。
間もなくそのライトの光も消灯されて、真の闇の世界が私を包みました。
まさに、「群青」の中に私一人。
ただそこに存在しているという感覚があるのみでした。
ゲージに視線を移すと確かに潜降しているのが分かります。
深度計が、どんどんカウントアップされています。
極度の視野狭窄、耳の奥底に聞こえる幻聴、著しい高揚感、 これらは明らかに窒素の影響でしょう。
自分をしっかり保ちながら、耳の圧平衡をとり、フィンで、海水を蹴ります。
やがて、ぼんやりと白い、巨大な物体が視界に入って来ました。
沈船が、その姿を現した瞬間です。
船首と船尾がかろうじて形あるのみで、胴体の部分は概ね、土に帰っているようでした。
かなりの存在感で我々を迎えてくれたその船は、どれだけの年月をそこに存在し続けたのでしょうか、 痛々しいくらいに海底と同化していました。


以上は
僕のログを元にしています。
平成13年6月 竹田

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